院内報 「もぐさ」          2005/2/1 

 紙の裏表

 一杯飲み屋と呼ばれる、安酒を飲ませる店での話である「優しい男は居ないのか」と

酔客の女が叫んでいる。哀しい醜態であるが此処にも真実がある。

ある日「貴女はこんな事を叫んでいた」と話すと

「誰もかも信じられない、私だって優しくされたいよ」と「そうだね、でも階段を上った者

だけが降りられるよ」言ったら、不思議な顔をして小生を見ていた。


 治療の世界でも同じである、思った事信じた事のみ、自分が手に出来るのである。

治療法や先生を疑い途中で止める者には結果はいつも同じである。

勤める事が簡単な健康法は結果軽い効果を得られるだけである。ご自分の病気が

軽易であるなら著効となるでしょう。しかし難易な症状を持つ病気だったら、何一つ
改善
する事は無い。

小生も同様であるが、多くの人は「楽をして幸せを得ようと考える」でも結果、その分

差し引かれている。紙の表裏を考え、良い方が表、悪い方が裏とした場合、表が広い

紙が存在しない。東洋医学の陰陽は拮抗する原理を元に考えると、良い悪い、

明るい暗い、陽気と陰気、元気と病気、何れも拮抗するのである。

阿蘇山頂にて 

 

冬だけ勘定すると、確かに暗い時間、夜の時間が長い、しかし一年を通して

統計すると昼の時間、明るい時間は凡そ拮抗しているのだ。

楽をして、健康や幸せを得たいとする努力は、結果として徒労に終わるだけです。

ご自分の心が妖しい時は、可笑しな計算を行い、博打をしようとしている。ですから

大切な命や活力を博打の担保にして投げ捨ててしまうのです。「努力した分だけ、

健康になり幸せになる」それが本物。

 お灸治療をどんなに上手に説明しても熱く痛いに決まっています。その熱さを堪
える
努力はお薬を飲む努力より、数千倍の堪忍要します、結果数千倍の効果とし
て贖われるのです。

可笑しな顔をして見つめた酔客に質問をしました「貴女は本気で男の人に優し
くした事がありま
すか、ご自分がして欲しい本物の優しさを与えた事がありますか」
と「私だって昔はありました」

「でしょう、昔、優しくしてそしてされた思いがあるから、今思い出しているのでよ。
紙の裏表、
どちらかの面が広い紙を見た事がないでしょう」と。


この世界は思ように行い、行ったようになります。

努力と結果は拮抗すると考え行動する事が、幸せになる近道なのです。

でもね、何か簡単に便利に幸せになる方法を考えたくなります。

それは科学技術の世界で、要領の世界です。

心の世界や思いの世界は、哲学世界、科学応用が効きません。

      少年時代の仲間だった木
     


     小さな不思議から始まった

 何事も初めはちいさな事です、露の一滴が次第に大河となるように、それは
始まりました。
扁桃腺のお灸の始まりは「延岡のある寺の御婆ちゃんがお灸で
治すらしい」「お大師さんの
お灸と呼ばれている」と聞いた事からでした。
兎に角よく治る、ではやって見ましょう、治った。
ひとり目の奇跡です。
五人治療して五人全員が治った。なぜだろう。

 五十肩の灸治療は、まだ学生時代の事です。五十肩は炎症性の疾患だから
「鍼は軽く、効かなくて
良いから、刺激をしないようにそして10日に1回位の程度
で、半年ぐらいすると炎症が引きますから
それまで引き伸ばすように」と指導教
授の話からです。

 鍼もマッサージも運動も炎症を強くするので
軽く行うか、止めるようにと習った。
でも消炎のエキスパートであるお灸治療には誰も触れなかった。
連続する痛み
の為、一週間の間、一晩もゆっくりと眠る事の出来ない患者が来た。誰も手をつ
けられ
なかった、勿論病院も数軒掛かっていた。教授にお灸治療の了解を取っ
たが駄目だった。そのまま帰した。


 夕刻往診に行きお灸治療を行った、その夜から眠れるようになった。小さな
奇跡だった。


 長崎の友人から電話があり、母が肝臓癌で手術が出来ない、もう少し肝臓の
状態が良かったら手術を
して助けられるのにと、肝臓のお灸治療で有名だった、
人吉のお灸を紹介した。三ヵ月後肝臓の状態が
良くなったとの連絡が入った。

 膝の軟骨が磨り減り変形して、六歩しか歩けないと家族に抱えられて通院した。
三ヵ月後三百bの橋を
往復できたと喜んだ、四ヵ月後、二`の治療所まで歩い
て通えた。それを見ていた魚屋の女将さんが
通院し始めた、二人とも歩けるように
なった。

 それを又聞きした生け花のお師匠さん、足が痛くて座れない。

三ヶ月目から座れるようになった。次第に膝の患者が多くなった。


 腰痛から坐骨神経を発症したと、仕事は出来ないので止めた。奥さんが勤めに
行き、ご主人が子守を
しながらの治療になった。毎日お灸をした。最初は四`の
道のりを連続運転が出来なかった。途中に
裁判所があるそこで車を止めて体操
をした。

七ヵ月経った、治療の終わりだった、彼は2日間屋根の工事をしゃがんで行っ
た、神経痛は出なかった。
半年目に胸まで泥に浸かり護岸工事をした。

 神経痛は出なかった、今
20年余り元気で働いている。激しい痛みで治り難い
神経痛だった。彼の母親の出跡と呼ばれる地区の人々が数人、その話を聞いて

通った。お母さんは余程心配をし、また有難かったのだろう。

           鎮田の滝
   

 近所の占いをするお婆さんから聞いたと「十年前から臭いがしない、神様は
お宅で治ると神託があったと
「勝手に思い込んで来られた。困ったが責任は
神様が取るのだからと、蓄膿症の治療点を使った。

 あくる朝「先生、治った」「嘘だろう」自分をも疑った、でもそれから三名の臭
覚異常が治った、少ない経験だが
今は百パーセントである。自信は無い。

 中には遠い所から通う人がいる、横浜や名古屋、大阪等である、口コミで
あろうが大変だと思う、九州の陸の
孤島と呼ばれた延岡まで来るのだから。
「いや近いです、空港から一時間ですから」どんな計算をしている
のやら、
大都会にはまだまだ名人がいると思う。「いや、知らないから、此処が都合
がいいのです」と。


 あるご婦人の事です、婦人科系に慢性化膿性炎症を抱えていました。
期間が長い為に抗生物質は全部
耐性となり、薬が無くなり、数回目に
やっと相談〔我々は内診はしないのだと思うのだが〕身体の毒を排泄する

ツボを取穴したら治った。今では教祖〔やいと教〕にされそうで困っている。


 数年前、元会社同僚が尋ねてきた「鍼灸の免許を取ったが治療法を教
えて欲しい」宮崎から特急列車で
一時間、彼は一年間通った。そして午
後仕事を行い午前中修行と半年間、その後毎月一回は通ってくる。

 その真面目さがお灸治療の力を増している。彼の弟が銀行を辞めて
鍼灸学校に入った。彼の出身鍼灸
学校の学生が灸治療を習いに
やってくる。

 本物は露の一滴、大切に大事にしたら良い。

 誰でも出会う小さな一期一会。

 本物は頬を撫でる風の囁き、気付け無い程の優しい刺激。

 気付け、気付け、自分、自分の中に気付け、

 いずれ大河に海原に・・・・

 
     

          笠沙の岬より行縢を見る

 「編集後記」

 もう二月今年も残り十一ヶ月となりました。兎に角「寒い寒い」
の昨今です。


 大型の寒気団がすっぽりと日本国中を覆った状況です。

子供の頃は、当たり前だった寒さが、最近の暖冬の所為で「今日
の寒さ」を特別に
感じるのでしょう。

 宮崎の周囲の全県に雪だるまマークの天気予報を見た夜、保険
の整理やら「もぐさ」
の原稿編集で夜の三時を回った、何気なく
庭に出ると、「月が凍る」と言う表現が
ぴったりの月寒夜でした。

 一時的に風が止まり、澄み切った夜空に星達と月が静かに佇ん
でいる。むかしむかし、
故郷で見たのと同じ、昔々苦しい思いの
中で見たのと同じ、複雑な郷愁を感じる月の光でした。

 遅くなりましたがやっと「もぐさ」の発刊になります。

頭のリハビリを兼ねて、是非毎月の刊行できるように今年一年努
力いたします。どうぞ、
本物の治療を出来るよう、より本物に近
づけるように、若者達と日々精進を続ける覚悟です。

 絶対に治す、絶対治ると本気の信念を持って慢性症を根治して
地域社会と共に幸せの和を
築きたいと願います。

 井本県会議員のお手伝いをしている関係上、来年行われる延岡
市長選挙の話題でいっぱいです。
大切な事は、誰が市長をするの
かでは無く、延岡市市民は自分の代表に「どのような街づくりを

希望するか」だろう。

 色んな団体や組織がその力を使い選挙を行いますが、選挙は市
民一人ひとりの権利です。

此処でも本気で延岡の町の事を考えると、如何すれば良いかが
解ると思います。

 自分の身体、自分の街、責任は自分です。

 朝、「母さんズボンは」「自分事は自分でしなさい」ですって。