海幸・山幸展望台       笠沙  笠沙の岬碑  愛の霊泉  癒しの磁場 極天の鳥居
 笠沙の岬(愛宕山)の山頂に昇ると、通称愛宕山展望台です、
 2階から上が展望所になっています。
    (愛を託す展望台、愛託山展望台と呼びたい)

    愛を呼びかけよう

  朝日を前身に浴びて「海幸彦ーー」と叫んでください。
 日向灘の隅々にまで届く声で、 「ウミサチー」と。
 きっとあなたの海幸に出逢えると思うよ。
 なぜならば此地は海幸彦の母親(木花咲くや姫)が天孫と出逢った所です。
 想いを祈りにして、ウミサチヒコーですよ。

  夕日を前身に浴びて「山幸彦ーー」叫んでください。
 大崩、行縢、高千穂、椎葉の山々に木霊するように「ヤマサチー」と。
 囲炉裏火の炎の色に染め渡って暮れて行く山々。

   山根の影からー「おーい俺だよ」と声かけてくれるかも。
 そんな想いを夕暮色彩りの中に、愛しい声を響かせて下さい。

 此地は愛しい人に初めて呼びかけをした場所です。
 愛しい愛しい恋人へ。優しい家族へ。暖かい友へ。
 そしてあなたを育てた故郷へ。
 大きな声で呼びかけて下さい。

  海幸・山幸のお母さんがきっと想いを伝えてくれます。
 此地は初めて人が人を愛した地なのです


関係資料  笠沙の岬に関係する人物
邇邇芸命(ニニギノミコト)言う、正式名天邇岐志国邇岐
志天津日高日子番能邇邇芸命(アメニギシクニニギシ
アマツヒコホノニニギノミコト)

木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)古事記には木花之佐
久夜毘売、日本書紀には木花之開耶姫とある。鹿葦津
姫・葦津姫(カヤツヒメ)神阿多津姫〔カミアタツヒメ〕など
が本名とされる。

ニニギノミコトは
天孫つまり天照大神の孫である。天孫降臨で日向国に
降臨した。笠沙の岬に宮殿を建てお住まいになられた。
初代天皇、神武天皇の祖父は山幸彦(ホオリ)。父親は
天津日高日子波限建鵜草葺不合命(アマツヒタカヒコナ
ギサタケウガヤフキアエズノミコト)でニニギ尊の子孫に
なる。

日向朝廷の初代天皇ニニギ尊が初めて宮殿を建て、美
しい姫木花咲耶姫に出逢い結婚した場所が笠沙の岬と
される場所。古事記にはニニギの言われた言葉として、
「朝日のよく射す国、夕日のよく照る国である。それで、
ここはとても良い土地である」と書かれている。ニニギ尊
の子供は海幸彦(ホデリ)と山幸彦(ホオリ)が有名である。
神武天皇の兄に五ケ瀬尊〔イツセノミコト〕が居る。
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